行動経済学に基づく効果的なプロモーション手法の共同研究を実施しました

こんにちは、主としてデータにまつわる四方山を相手にしている森藤です。

昨年の2022年6月から取り組んでいた、慶應義塾大学 星野ゼミ様との共同研究「行動経済学に基づく効果的なプロモーション手法」が一旦、完了しましたので、本技術ブログでも公開いたします。

tver.co.jp

hoshinoseminar.com

課題

TVer は「見逃し配信サービス」であるにも関わらず、それすらも「見逃してしまう」ユーザに対して、どのように「見逃さないでいてもらうか」が大きな課題となっていました。 バラエティであれば、連続する回で無い限りは、次のエピソードから視聴していただくことも可能ですが、ドラマやアニメのような連続する番組の場合は、一話の見逃しがそれ以降全ての見逃し = 離脱につながってしまい、 TVer のビジネスモデルである AVOD (広告型動画配信) の広告在庫の源泉である再生機会を逸してしまうことになってしまいます。

この「見逃し配信を見逃してしまう」ことを抑止するために、放送局でも強く訴求しているお気に入りに登録いただいたり、新着 などを表示したりしています。 これに加えて、 新しいエピソードが再生可能になったり、次の回が始まるため再生期間が終了してしまうエピソードがある場合には Push 通知を送るようにしています。

ただ、この Push 通知ですが、下記のような課題があります。

  1. そもそも Push 通知はノイズ (=有用ではない) だと考えられている
  2. Push 通知を送ったとしても他アプリの通知もあり混ざってしまい、なかなか開封されない

特に1は重要な課題であり、一旦、煩わしいと思われ Push 通知の受信拒否をされるとその後、改めて受信許可をしていただくタイミングが殆どありません。 とはいえ、せっかく再生意向があったにも関わらず、期間内に見逃してしまったがために、離脱してしまうのは、 TVer のビジネスはもとより、ユーザにとっても良いことではありません。

どのようにして、ユーザに取って Push 通知を価値ある情報として感じていただくか、 Push 通知を開封して有用なものであることを理解していただくか、は重要な課題でした。 ユーザ心理を推測しながら、少なくともデメリット(ノイズ)として思われない、できればメリットとして感じていただくための Push 通知の内容・文言・頻度・タイミングなどを模索していました。

このようなユーザである人間心理を社会の構成要素として捉え、経済学のモデル理論に当てはめ、解釈・理解していこうとする学問に行動経済学があります。 縁あって、行動経済学を専門の一つとしている慶應義塾大学 星野ゼミ 星野教授とつながりを持てたので共同研究を行うことができました。

研究内容

今回の共同研究では、まずは取っ掛かりとして内容ではなく、文言・頻度・ジャンルにおける Push 通知の効果の有無や、その効果の持続性などを定量的に明らかにするところまでを行いました。 具体的には、ドラマ・バラエティからサンプル番組を選び、ターゲットユーザ群に対して、以下のような文言の表現・頻度を変えてその開封率・(みなしを含む)再生率を計測しました。

  1. 通知の文言が通知の開封や再生に影響を与えるか
  2. 短期間に同じ内容の通知を送った際に開封や再生への効果に変化が見られるか

表現

  • タイムプレッシャー: 「あとX日」のように期限が明示されることで「見なければという圧力」が生じる
  • 損失回避: 利益よりも損失を回避する方を選ぶ心理的作用を活かし「得られたはずの利益が得られなくなる」ように、「まもなく無料配信終了」といった表現
  • ベースライン: 上記とは異なる「『番組名』配信中✨」という表現

頻度 (ドラマのみ)

下記のように頻度を変えて2群に通知を行いました - 週に1度: 配信終了の1日前 - 週に2度: 配信終了の1日前と2日前

回数

同一の番組の異なるエピソードに対して 4 週間 Push 通知を送信し、経過における効果を計測 なお、表現の送信パターンを変えた実験群に対して送信しました。 また、第4週はデータの期間の都合で分析結果からは除外しました。

1週目 2週目 3週目 4週目
Group.1 BL BL BL BL
Group.2 BL BL TP TP
Group.3 BL BL LA LA
Group.4 TP TP BL BL
Group.5 TP TP TP TP
Group.6 TP TP LA LA
Group.8 LA LA BL BL
Group.7 LA LA TP TP
Group.9 LA LA LA LA

※ BL: Baseline, TP: タイムプレッシャー, LA: 損失回避

まとめると以下のようなパターンになります

2ジャンルx2頻度x9群(8実験群+1対照群)x3週間(最終週は期間が短いため除外)

実験結果

結果の詳細は割愛しますが、各ジャンルにおける表現ごとの開封率・再生率を図1、図2に示します。 この結果を評価するために母比率の検定を行った結果、下記の条件で有意であることが示されました。

  • ドラマにおける1週目のタイムプレッシャーとベースラインの開封率 (両側5%)
  • バラエティにおける3週目の損失回避とベースラインの開封率 (両側5%)
  • ドラマ・バラエティにおける1週目のタイムプレッシャーとベースラインの再生率 (両側1%)

ドラマにおける表現ごとの開封率・再生率
図1 ドラマにおける表現ごとの開封率・再生率

バラエティにおける表現ごとの開封率・再生率
図2 バラエティにおける表現ごとの開封率・再生率

まとめ

結果から、今回選んだドラマとバラエティの番組において特にタイムプレッシャーと損失回避が開封率に与える影響に違いがあり、ドラマにおいては初週のタイムプレッシャーの効果があり毎週送ると効果が減衰すること、逆にバラエティにおいては慣れてきた頃に損失回避の効果があることが示されました。 また再生率においてはいずれのジャンルにおいてもタイムプレッシャーの効果があることが示されました。

TVer では、これまで重要な課題として位置づけておりながらもリソースの都合や運用上の課題で定量的な評価ができていませんでした。 そのため、運用者の勘と経験によって文言や頻度、時間帯などを決めていました。

今回の星野ゼミとの共同研究により一部ではありますが定量的に評価ができ、勘と経験に裏付けが得られた点、効果が減衰する・効果が見られてくるパターンがある発見などは、大きな前進でした。

今回の研究では、 TVer 社の運用上の課題から、他のジャンルを評価することや同一ジャンルで多くの番組を対象とする事ができませんでした。 また、諸般の事情で細かく取り切れなかったデータがあるため、星野ゼミの方々にご迷惑もおかけしました。 今後はこれらの課題を解消していくと同時に、星野ゼミの皆様からも継続的な共同研究の申し出も頂いており、 TVer としてもより効果的な、ユーザにとってノイズではなく価値ある情報として Push 通知を受け入れていただき、「見逃し配信を見逃さない」でいただけるように努力していければと思っております。

最後に

今回の取組は Screens でも星野ゼミの皆様とのインタビューが行われましたのでそちらも興味ありましたら御覧ください。

www.screens-lab.jp

そして

TVer ではデータを分析し、ユーザにとってよりよい放送・配信の視聴体験をサポートしたり、広告やそれ以外の事業にコミットするために活用したりしたいデータエンジニア・データサイエンティストを募集しています。

tver.co.jp