はじめに
サービスプロダクト本部フロントエンド開発部に所属している中谷です。スクラム・アジャイル開発のカンファレンス「Regional Scrum Gathering Tokyo (RSGT) 2026」に参加してきました。テーマはスクラムですが、エンジニアリング全般に通じる視点や学びを多くのセッションから得ることができました。印象に残ったセッションの内容とそこから得た学びを、当日のメモをもとにレポートします。
キーノートセッション
An introduction to Beyond Budgeting – Business agility in practice
脱予算経営に関する発表で、かつて発明された予算管理を慣習のまま使い続けていることへの問題提起でした。
従来の予算管理が抱える問題
従来型のマネジメントは人は信用できない、人と未来をコントロールできるという前提に基づいていますが、これは幻想です。
マネジメントと呼ばれるもののほとんどは、人々の仕事をしにくくするものである ── ピーター・ドラッカー
従来の予算策定がもたらす弊害は深刻です。
- 策定コスト:策定自体に膨大な時間がかかる
- 前提の陳腐化:1年前の前提は現時点と異なる
- 非倫理行動の誘発:目標の低設定、リソースの囲い込み
- 意思決定タイミングの悪さ:遅すぎる、あるいは早すぎる
- 使わなければ損という意識の発生
- パフォーマンスの誤解:予算達成=良い業績という短絡的な評価
信号機 vs ラウンドアバウト
こちらの比喩が秀逸でした。
| 観点 | 信号機(従来型) | ラウンドアバウト(脱予算型) |
|---|---|---|
| コントロール | 過去にプログラムした人 | 運転しているドライバー |
| 情報 | 過去データ | 今この瞬間の情報 |
| 前提 | ドライバーを信頼せず、ルールで縛る | ドライバー同士を信頼し、協調して意思決定する |
脱予算経営の実践事例
- Handelsbanken(銀行):財務的な予算・目標を外し、支店の自律性を優先。個人ボーナスを廃止し支店ボーナスに変更。指標は「他の銀行よりも良いこと」
- Roche(製薬):出張費を予算なしで運用。同僚の出張情報(行き先、宿泊先、食事等)をすべて透明化。結果として出張費用は下がった
- Miles:PC・カンファレンス・トレーニングの予算をなくし、何を学んだか・何に使ったかの投稿を義務化。透明性をコントロールとして活用
なぜ予算を立てるのかに立ち戻ることも含め、エンジニアリング組織にも通じる示唆に富んだ内容でした。「変化をいきなり全部する(ルールをなくす)のではなく、ルールを減らすことが最初の一歩」という言葉が印象的でした。
From Frameworks to Substrate: Rewilding Agile to Work at Scale - フレームワークから土壌へ:アジャイルを野生に戻して大規模で機能させる
アジャイルの「家畜化」が弱体化をもたらしたと指摘するセッションでした。内容は難解でしたが、複雑性への対応に関するアプローチが発表されていました。
本来のアジャイルは高い弾力性を持ち環境に適応するものでしたが、現代のアジャイルは「創始者の経験に基づく構造化されたレシピの集合体」になってしまっています。
家畜化がもたらした弊害
- レシピ本の信者:シェフにならず、レシピ本だけを欲する
- 認定ビジネスの蔓延:10年かかるクラフトマンシップが軽視され、短期間でマスターを乱発
- 成功の安易な模倣:有名なモデルの表面だけを真似するが、出発点が違うため機能しない
- 相関と因果の混同:チョコレートの消費量とノーベル賞の受賞数には相関があるが因果はない。アジャイルの成功事例も同様
非注意性盲目の実験
放射線科医にX線写真の異常を見つけるよう依頼する実験で、写真に紛れ込ませたゴリラの画像に83%の医師が気づかなかったという結果が紹介されました。人は予期しないものを見ないようにできています。正しい情報と正しい判断材料を与えても、正しい判断ができるとは限りません。
クネビンフレームワークとスクラムの限界
スクラムは本質的に、ジャングル(complex)を整地された公園(complicated)のように構造化して管理しようとするアプローチです。しかしcomplexの因果関係は後からしかわからず、成功事例は無数の可能性から生まれた偶然の産物の一つに過ぎません。学ぶべきは成功事例ではなく、失敗の中にある学びの物語だという言葉が刺さりました。
- 犬:秩序を好み、従順
- 猫:複雑性を理解し、暖かさと食べ物を受け入れても、自由は決して手放さない
みなさん自由は決して手放さない猫になりましょう!
登壇資料
https://speakerdeck.com/julesyim/rsgt2026-dave-snowden-keynote
トークセッション
デイリースクラム DeepDive
デイリースクラムについて改めて整理するセッションでした。
デイリースクラムは朝会ではありません。 スプリントゴールに向けた検査をする場であり、オーナーシップは開発者にあります。
重要なポイント:
- スプリントゴールこそがスプリントの唯一の目的であり、最大の関心事は「スプリントゴールを達成できるか?」だけ
- タイムボックス(15分)は必ず守る。終わらないのはやり方が悪い
- 問題の存在確認と方針に留め、詳細はデイリースクラムの外で話す
やり方としては3つの型が紹介されました。
- 古典的な3つの質問(ゴール達成への言及がないため構造上問題がある)
- PBI by PBI:プロダクトバックログアイテムを1つずつ眺め、進捗・障害を共有する
- スプリントゴールチェックイン:「このままいけば達成できそうか?」と問いかけ、懸念があれば次の24時間のアクションを話す
登壇資料
https://slide.meguro.ryuzee.com/slides/132
よくわからないことが多い場合の計画づくりのコツ
不確実性が高い状況での計画づくりについてのセッションです。
わからないには種類があるという整理がされました。既知の既知、既知の未知、未知の未知。そして大切なのは以下のマインドセットです。
- 最初から完璧なものは無理と認識する
- 計画通りではない場合、計画が間違っていただけ
- 計画通りが良いとは限らない
- わかったふりをしない
計画では、ゴール、マイルストーン、想定しやすい短い期間(1〜2週間)の詳細な計画を立てます。計画することでわからなかったものがわかるようになり、小さく少しずつアップデートしながら継続的に計画し続けることが重要です。この辺りは何となく進めてきた経験があり、今後は意識して取り組みたいと思いました。
登壇資料
https://www.docswell.com/s/yohhatu/KN9YYL-2026-01-07-084924
EBM実践のカタ —— 実践とゴールと計測を結びつけるアジャイルのありたい姿へ
EBM(Evidence-Based Management)は、不確実な状況下で価値を提供し続けるためのフレームワークで、スクラム同様、透明性・検査・適応のサイクルで実行します。
- 3つのゴール:戦略的ゴール・中間ゴール・即時戦略ゴール
- 計測:市場価値と組織的な能力(反応性・効果性)の2種類のアウトカムを確認
- 実験:短期のゴールに集中し、計画を実験に置き換え、常に仮説を検証
EBMの原則は明快です。
- 小さく投資し、損失を回避
- 実験は包括的な計画に勝る
- 一度に作るものを少なくし、フィードバックを早く得る
- 顧客価値の最大化を第一とする
登壇資料
https://www.docswell.com/s/nagasawa/59MXXJ-EBM-practical-kata
自己管理型チームの一員となるためのセルフマネジメント:モチベーション編
スクラムチームは自己管理型であり、誰が・いつ・どのように行うかをチームで決定します。そしてモチベーションが自律と行動を生みます。
自分のモチベーションの源泉を理解するためのフレームワークが紹介されました。
<自分のRole・役割>として、<キャリア・タスク(what)>を達成したい。それは<自分にとっての価値(why)>のためだ
適切なモチベーションの引き出し方は人それぞれ(挑戦・報酬・達成・貢献など)であり、ゴールとの関係性で働きかけを変えるべきだという内容でした。また、モチベーションを失ったときには物理的・認知的・心理的フリクション(ステップが多い作業、Slackの通知音、不安感など)と向き合うことが大切だという点も非常に参考になりました。
登壇資料
https://speakerdeck.com/kakehashi/management-yourself-and-your-team
QAフローを最適化し、品質水準を満たしながらリリースまでの期間を最短化する
コード変更からリリースまでが最短12日かかっていたという課題に対して、QAフローを見直した実践事例です。
取り組みのポイント:
- 事業コア価値を理解して達成したい品質水準を決める
- 開発フローの制約条件を理解する
- 上記を満たすQAフローを設計する
- QAと一緒にリグレッションテストケースを決め直す
- 移行計画を作り、移行していく
結果として、障害件数は変わらずリリース期間を12日から6日に短縮し、QA負荷も削減できたとのことでした。品質を落とさずにスピードを上げた好事例でした。
登壇資料
https://speakerdeck.com/shibayu36/optimize-qa-workflow
ワークショップ
「ふりかえり手法を試そう!」で始める3桁人のギャザリング体験~初めましての人あつまれ!~
チームをシャッフルしながら、4つの振り返り手法を体験するワークショップでした。
私が体験した手法:
- +/Δ(プラス・デルタ)
- 闇鍋
- 象 死んだ魚 嘔吐
- 露天風呂
さまざまなバックグラウンドを持つ方々と振り返りを実践できたのは貴重な経験でした。
さっそく実務での振り返りで、共有いただいたふりかえりカタログにあるセレブレーショングリッドという手法を取り入れてみました。これは縦軸に「成功/失敗」、横軸に「実験/ベストプラクティス」を取り、取り組みを4象限にマッピングする手法です。普段の振り返りでは良かったこと、改善点という二軸で考えがちですが、この手法では実験的に動いたのか・すでに知っていたことなのかから、どうだったのかまで掘り下げられるのが新鮮でした。

チームからもいつもの固定した振り返りの観点とは違う個々の振り返りにフォーカスして書くことができたという意見がありました。固定の振り返り手法を使い続けるのではなく、状況やチームの状態に合わせて手法を変えてみるのも効果的だと実感したので、今後も積極的に活用していきたいです。
まとめ
RSGT 2026を通じて得た学びを振り返ると、共通して以下の点がありました。
- 信頼と自律:根底にあるのは「人を信頼し、自律を促す」という考え方
- レシピではなくシェフになれ:フレームワークやプラクティスをそのまま適用するのではなく、文脈を理解して適応させる
- 失敗から学ぶ:成功事例の模倣ではなく、失敗の中にある学びの物語から進化する
- 継続的な実験と適応:完璧な計画を立てるのではなく、小さく実験し、フィードバックから学び続ける
- 透明性がコントロールに代わる:ルールで縛るのではなく、透明性を高めることで自己調整を促す
スクラムやアジャイルに限らず、ソフトウェア開発組織のマネジメント全般に適用できる示唆に富んだカンファレンスでした。来年もぜひ参加したいと思います。